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働くアリ・サボるアリ

2014年9月1日
文:佐竹 一秀
(WEB公開:2017年9月1日)

アリは勤勉?

暑いです。残暑です。それでも頑張って仕事をしています。汗を流しながら働いていると、「アリとキリギリス」の話を思い出します。夏の暑いさなかに冬の食糧確保のために休まずに働いたアリ達と、バイオリンを弾き歌って過ごしたキリギリスのお話です。冬になり、アリ達は暖炉の前で蓄えた餌を食べ、一方キリギリスは、餌がなく死んでしまうという、ご存じのイソップ童話です。死んでしまうのは、あまりにも可哀そうなので、最後にはアリに助けられ、キリギリスも改心して、めでたし、めでたし、という話の展開もあるようです。

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    ムネアカオオアリ

役割分担をもつ真社会性生物

アリやハチは女王を中心に集団(コロニー)を作って生活しています。女王はせっせと卵を産み子孫を増やします。一方女王から生まれて子供たちはワーカーとなり(働きアリ・働きバチとも呼ばれます)、餌の確保や、卵や幼虫を守り育てることに一生を費やし、決して女王のように繁殖することはありません。また、これらワーカーは全てメスです。オスは次期の女王が誕生する時に現れ、一か月ほど生きますが、決して働きません。女王と交尾をすればそれで終わりです。ミツバチでもオスは新しく生まれた女王と交尾を行った後はただの厄介者です。女王は産卵に必要な精子を体内に蓄えることができ、受け取った精子を体内で生かし使い続けることができます。そのため、役割を終えたオスはワーカーから餌ももらえず、巣からも追い出され、悲しい最期を迎えます。私もオスですが…複雑な心境です。このように役割分担を持って生活する生物を真社会性生物と呼び、アリやハチの他にシロアリ、アブラムシなどにもこのような生活様式が見られます。最近ではある種のネズミやカブトムシの仲間、カビの仲間にも真社会性が確認されています。

より血縁度の高い子孫のために

生物にとっては、自分の遺伝子を数多く後世に伝える事ができるかが重要です。より多くの遺伝子を残したものが生き残っていくことができます。そのために色々な戦略をとっており、自分の遺伝子を残すことに命をかけています。一方アリやハチなどの真社会性生物のワーカーは自分の子供ではない、女王の子供を育てます。自分も女王の子供ですので、妹達(普通はメスしか生まれませんので)を必死に守り育てます。どうしてなのでしょうか。実は遺伝子が大きく関わっています。アリやハチでは受精卵からはメスのみが生まれ、これらがワーカーとなります。またオスは未受精卵から生まれます。ワーカーが仮に子どもを産んだ場合(実際には産めませんが)、その子供に自分の遺伝子が入る割合(血縁度)は1/2です。一方女王が生んだ卵から生まれた妹達との血縁度は3/4となり、自分の子供より血縁度が高くなります。この部分の説明が難しいので、興味のある方は参考文献を参照してください。子供を残すよりも妹(女王の子供)を残すほうが、遺伝子を多く残せることになるため、ワーカーとなって卵や幼虫を守り育てると考えられています。この考え方は血縁度の数値から3/4仮説と呼ばれています。

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    砂糖に集まるトビイロケアリ

7割のアリがサボっている!?

働き者のアリ…のはずですが、7割のアリが働かずにサボっているという研究結果があります。そんなに働かないワーカーがいたら、それこそコロニーが崩壊してしまうのではないかと思ってしまいます。ワーカーは女王の産んだ卵をいかに守り、幼虫を育て、多くの遺伝子を後世に残すかが仕事です。サボっていてもよいのでしょうか? 人間社会では成り立ちませんし、トップや中間管理職が黙っていません。アリやハチの社会では、指揮命令系統はありませんので、どのようにして対応しているのでしょうか。

実は重要な「サボり」担当

実はこのサボっているワーカーたちが重要なのです。一例を話します。
ミツバチの巣内温度は33~36℃が適温と言われています。巣内温度が高くなると、ワーカーが羽ばたいて風を起こして、巣内の温度を下げようとします(周辺には働かないワーカーがたくさんいますので、手伝えばいいのにと思ってしまいます)。それで温度が下がれば良いのですが、下がらないと、やっとほかのワーカーも羽ばたきます。それでもまだの場合はさらに多くのワーカーが羽ばたきを行います。この羽ばたきを行う温度は、ワーカーそれぞれで違っています。あるものは33℃、あるものは34℃、またあるものは35℃で羽ばたき行動をおこします。このように、ある刺激に対して行動を起こす時の値は反応閾値とよばれています。

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    キイロスズメバチの巣

反応閾値が違うことで、交代できる

ミツバチも生き物です、機械ではありません。働けば人間と同じように疲れます。疲れれば休み、回復すればまた羽ばたきを再開します。もし、反応閾値が同じワーカーしかいない巣があったとします。反応閾値になった時に巣内のワーカーが一斉に羽ばたきだします。サボるものはいません。すぐに温度が下がればよいですが、最近のように猛暑日続きでは、なかなか下がらないかもしれません。そうなると、いつまでも羽ばたき続けなければいかません。疲れます。そして休みます。一斉に羽ばたきだしたので、同じように疲れ、そして一斉に休みます。そうなると巣内の温度は急上昇し、卵や幼虫が死滅してしまうかもしれません。

ひとつの集団のなかの多様性

別の巣では反応閾値の違うワーカーがいます。そうなるとどうでしょう。いつもはサボっていたワーカーがあるところから働き始めます。初めから働いていたワーカーが疲れて休んでいる時でも、巣内に風が送り込まれ続けます。コロニーが存続できる確率が上がります。そうです、サボっているワーカーが重要なのです。反応閾値はミツバチの場合はオスの遺伝子により決まっているようです。どのオスの遺伝子を使って受精したかで変わるのです。前述の通り、オスは十分な量の精子を女王にあげると、役目は終わりです。女王は多くのオスから精子をもらい、体内で生かし、産卵時の受精に利用しています。この部分が大切なところで、多くのオスの遺伝子を利用することで、反応閾値の違う集団ができ、いろいろなアクシデントに柔軟に対応でき、生き残れるのです。これも多様性の一つと思います。

地道に働く誰かがいてこそ!

いつもはサボっていて、ここぞというときに頑張るワーカーがかっこよく見えてしまいます。ただ、地道に働くワーカーがいないと、基本的なところで社会が成り立ちません。これはアリやハチの世界だけではなく、人間社会でも同じではないでしょうか。多くの人は地道に働いています。でも、私は「サボり」担当になってみたい…。といいつつも、もうなっているかもしれません。原稿提出という刺激に対しての反応閾値はものすごく高い(低い?)です。今回も〆切を過ぎてしまいました…。

  • 【参考資料】
  • 長谷川英祐『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー、2010年)
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